2020年05月07日版:川原 圭博(新世代担当理事)

  • 2020年05月07日版

    COVID-19とIPSJ-39

    川原 圭博(新世代担当理事


     情報処理学会の新世代企画担当理事として約2年の間、学会運営に微力ながらかかわってきた。新世代企画委員会は定常的な業務の学会運営とは離れ、次世代を担うジュニア会員に向けたコンテンツの企画や、学会と企業の結びつきを強めるための新たな企画に取り組む委員会である。新世代委員会は、ユニークな研究に取り組む若手研究者がライトニングトーク形式で研究紹介するIPSJ-ONE、情報処理学会の会誌とWeb上では、ジュニア会員等からの情報処理技術や研究に関する素朴な疑問を、さまざまな専門家の先生にぶつける「先生、質問です!」などを手がけてきた。

     第82回全国大会では、IPSJ-ONEや、「先生、質問です!」の大会連動企画のほかにも、学会の創立60周年記念として新たに企画していたイベントがある。それが、IPSJ-39である。IPSJ-39の「39」は「ミク」と読む。学会の連携イベントとして初音ミクのファンメイドライブを企画していたのだ。

     情報処理学会と初音ミクの連携は、2010年3月の全国大会のイベント企画として開催された「CGM(Consumer Generated Media)の現在と未来:初音ミク、ニコニコ動画、ピアプロの切り開いた世界」に遡る。学会では日本初のCGM現象とそれを支える技術や動画プラットフォームに関しての討論が行われた。当日は700名の会場がほぼ満員で、ネット中継の視聴者は5,200名だった。本イベントのフォローアップ記事として企画された、情報処理学会誌「情報処理」2012年05月号に掲載された「《特集》CGMの現在と未来:初音ミク、ニコニコ動画、ピアプロの切り拓いた世界」では、学会誌の表紙に初音ミクのイラストが大きく掲載され別の意味でも話題になった。

     初音ミクについての解説はいまさら不要かもしれないが、VOCALOIDと呼ばれる歌声合成システムであり、これを用いて愛らしいキャラクターに歌を歌わせることができるソフトウェアが「初音ミク」である。初音ミクを用いたCGM動画は、ニコニコ動画を通じて広くシェアされた。独自の視聴体験の共有や連鎖反応を起こすコミュニティサービスであったことから、コンテンツの消費者がコンテンツの提供者にもなるという共創環境としても興味深いものであった。

     初音ミクは当初ネット上のものであったが、初期のころからライブイベントも頻繁に開かれている。近年では、4万人が参加するイベントにまで成長している。そしてこうしたライブイベントを草の根的に展開するものが「ファン・メイド・ライブ」である。ファン・メイド・ライブは、個人や学生が主体となって制作・実施しているもので、権利者に許可を取りながら実施しているものである。

     電気通信大学公認サークル「バーチャルライブ研究会」は、大学のサークル活動として、ファン・メイド・ライブの企画運営を行う団体の1つである。音響、照明による演出に工夫を凝らすだけでなく、ライブに使用するモーショングラフィックや舞台映像、そしてキャラクターの動きも、モーションキャプチャ装置を用いて自分たちで編集するという本格派だ。本格的なライブ体験として臨場感や迫力にファンも多く、同大の学祭のライブ「MIKUEC」では毎年600名が参加するという。

     第82回全国大会では、「バーチャルライブ研究会」に情報処理学会の新世代委員を委嘱し、彼らにボランティアでライブを企画し、無料で一般公開する予定であった。しかしながら、新型コロナウィルスの感染拡大により、全国大会自体が現地開催の中止を断念することになってしまった。近い将来の学会イベントで再び開演の機会があることを切に望んでいる。

     私は2020年4月下旬にこの原稿を執筆している。日本においても緊急事態宣言が発令され、巣篭もり生活が約1カ月続いている状況である。1年先はおろか、1カ月先の未来も予想し難い事態ではあるものの、過去1、2カ月を振り返ると、在宅勤務が幅広い会社で導入されるなど、ワークスタイルは大きな変化を経験した。学校も休校となり、多くの大学ではオンラインで講義を提供しているように、学びの方法も大きく変化している。業務の効率化は情報技術の得意とするところである。これまで技術的には可能であったが導入に踏み切れなかったことでも、一気に社会実装が進んだ。

     エンターテイメントも、生活に潤いを与えるためには必要不可欠な要素である。リアルなライブハウスでのライブは当面の間、開催が難しいが、初音ミクとニコニコ動画は10年以上前からオンラインで生まれ、人々を楽しませ、育てられてきた文化である。こうしたオンライン上でのエンターテインメントが一層充実したものになるとともに、情報技術の活用により、また新たな文化や芸術の創造につながることを願っている。