「論文から論文メディアへ」
片寄 晴弘(調査研究担当理事)
情報処理学会では、動画や音響ファイルをサプリメンタルコンテンツとして所収する新しい形の論文が発刊されます。
『論文』、および、その制度は、科学技術の発展において中核的な役割を担ってきました。現在では、カラー写真を含む『図』を掲載する論文を普通に見かけるようになっていますが、時代を振り返ってみるとカラー写真を掲載するには、別途、費用がかかる時代があり、それ以前は、モノクロの図しか受け付けられませんでした。もっと遡れば、図表の掲載すらかないませんでした。『論文』には、その名前が示すように、研究成果を追試可能な情報を含んだ形で、『論』を展開・記述することが根本的な要件として求められます。加えて、信頼に足る形で結果を示し、成果に対しての議論の材料を提供することもきわめて重要です。カラーの図を参照できるようになった結果、カラー画像処理や色彩心理学の領域の研究がそれまでにない進展を遂げたことはいうまでもありません。
メディア技術、インターネット技術の発展は著しく、現在は、スマートフォンやタブレットを利用して、出先から、オンライン配信される動画や音楽を気軽に楽しむことができるようになっています。動画共有サイトの趨勢、そのニーズに支えられる形で、カラー画像よりはるかにデータサイズが大きい時系列データを流通させる社会的インフラの整備が進みつつあります。私は、長らく、音楽情報処理をテーマとして研究を進めてきました。音楽情報処理の領域では、音楽やサウンド処理の生成や分析を研究対象としています。実験結果、あるいは、研究材料として、なんとか音響ファイルを論文から参照できるような枠組みを用意できないかと願い、活動を続けてまいりました。その結果、この5月に発刊される本学会論文誌音楽情報科学特集号において、査読の対象として使われた動画や音響ファイルをサプリメンタルコンテンツとして所収する新しい形の論文(以下、論文メディア)が発刊されることになりました。
『論文メディア』は、音楽や動画の生成や分析を対象とするメディア情報処理領域はもちろんのこと、HCI領域やエンタテインメントコンピューティング等、「体験」を取り扱う研究領域において、新たな発展に寄与する起爆剤になるだろうと考えています。そう遠くない未来に、研究成果を公開する形として、『論文メディア』が定着し、それがない状況が想像しがたいというような日が来るかもしれません。今後、情報処理学会では、特集号に加えて、論文誌や研究会資料においても『論文メディア』を活用していく準備が行われつつあります。この制度が広く利用され、研究の付加価値が高められることを切に希望いたします。
最後に、データをどのように所収するかの枠組みに加え、サプリメンタルコンテンツの著作権をどう扱うか等、『論文メディア』の発刊に向けては、さまざまな議論・準備がなされてきました。学会論文誌運営委員会、著作権委員会、音楽情報科学特集号編集委員会の皆様の尽力がなければ、『論文メディア』の実現には至りませんでした。関係者諸氏に感謝いたします。